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東京高等裁判所 昭和31年(う)870号 判決 1956年9月25日

控訴人 被告人 岩瀬政次 外二名

弁護人 菅原道彦 外一名

検察官 池田浩三

主文

被告人三名の本件控訴は、いずれもこれを棄却する。

理由

被告人岩瀬政次の本件控訴の趣意は末尾添附の弁護人菅原道彦提出の控訴趣意書記載のとおりであり、被告人加山辰己、同田辺光雄の本件控訴の趣意は弁護人三浦徹提出の控訴趣意書記載のとおりであるからここにこれを引用する。これに対する当裁判所の判断は左のとおりである。

被告人岩瀬政次の弁護人の控訴趣意について。

原判決が被告人岩瀬政次の判示第一、(五)の関税法違反の事実認定に引用した証拠によると、被告人岩瀬政次が原判示第一、(五)の日時場所に密かに陸揚げして輸入した外国製紙巻たばこ七箱(一箱五〇カートン入り、この到着価格九八、〇〇〇円)は、アメリカ合衆国軍調達部がアメリカ合衆国船ジヤバメール号によつて同国から輸送して来て横浜市中区海岸通り三丁目九番地郵船プールに繋留中の機帆船第二政治丸に積み取つてあつたものでアメリカ合衆国軍第二港湾輸送司令部荷物検数課トーマス・エル・プロクターの管理していたものであることを認めることができる。そして日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定第一一条第二項、関税法第三条に依れば、合衆国軍隊、合衆国軍隊の公認調達機関、又は行政協定第一五条に定める諸機関が合衆国軍隊の公用のため又は合衆国軍隊の構成員及び軍属竝びにそれらの家族の使用のため輸入するすべての資材、需品及び備品並びに合衆国軍隊が専用すべき資材、需品及び備品又は合衆国軍隊が使用する物品若しくは施設に最終的には合体されるべき資材、需品及び備品の輸入には関税が課せられないものと規定されていることは所論のとおりである。しかし関税の賦課徴収についてのかかる制限は、現に合衆国軍隊の公用品又は現に合衆国軍隊の構成員、軍属竝びにそれらの家族たる身分を有する者の自用品である物品に対してのみ存在するのであつて、既に何等かの事由によつてかかる性質を失なつた物品に対してはかかる制限の及ぶべきいわれはなく、これを輸入する場合に関税を賦課徴収することは当然であるといわねばならない。しこうして原判決引用の前記証拠によれば、被告人岩瀬政次が密かに陸揚げして輸入した外国製紙巻たばこ七箱は同被告人が原審相被告人斎藤朝一、同杉山初雄等と共謀の上前記機帆船第二政治丸において窃取したものであることが認められるのであるから、右外国製紙巻たばこ七箱は同被告人等の窃取したとき既に前記の現に合衆国軍隊の公用品又は現に合衆国軍隊の構成員、軍属竝びにそれらの家族たる身分を有する者の自用品である物品の性質を失なつたものというべく、しかもたばこが関税を課せられる物品であることは関税法及び関税定率法上明らかであるから、原判決が被告人岩瀬政次の原判示第一、(五)の事実につき関税法附則第一三項旧関税法第七五条第一項を適用処断していることは正当である。しからば原判決には所論のような法令適用の誤はないから、論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 加納駿平 判事 吉田作穂 判事 山岸薫一)

被告人岩瀬政次の弁護人菅原道彦の控訴趣意

原判決には法令の適用に誤があつて、その誤が判決に影響を及ぼすことが明らかである。

原審裁判所は被告人に対して窃盗の事実を認定すると同時に、被告人が米軍調達部が米国船ジヤバメール号によつて米国から輸送して来て、機帆船第二政治丸に積取つてあつたのを窃取して、前記第一(一)記載の外国製紙巻たばこ七箱(到着価格九万八千円)につき関税を逋脱することを企てて(中略)密かにこれを陸揚して輸入し、以てこれに対する関税参拾四万七千九百円を逋脱したとして、関税法附則第十三項、旧関税法第七十五条第一項を適用している。然しながら前記たばこは米軍調達部が米国から輸送して来て第二政治丸に積み取つてあつたもので、それが米軍第二港湾輸送司令部荷物検数課トーマス・エル・プロクターの管理にかかるものであることは、原判決中罪となる事実第一(一)及び(五)の記載竝びに証拠中トーマス・エル・プロクター作成の被害顛末書謄本その他に徴して明らかなところである。関税法によれば関税は輸入貨物に課せられる。但し条約中に関税について特別の規定がある時は、当該規定によることになつている。而して日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定第十一条第二項によれば合衆国軍隊、合衆国軍隊の公認調達機関又は第十五条に定める諸機関が、合衆国軍隊の公用のため又は合衆国軍隊の構成員及び軍属竝びにそれ等の家族の使用のため輸入するすべての資材、需品(中略)は日本国に入れることを許される。この輸入には関税その他の課徴金を課さない。とあつて所謂米国軍隊の公用品や軍人軍属又はその家族の使用のための輸入品には関税を課さないことになつている。即ちこれら軍用のため輸入されるものは、関税については課税の対象とならないのである。抑々関税逋脱の罪は関税を課せられるべき貨物を、関税を逋脱して輸入した場合に成立するのであつて、本来関税の課せらるべきものでないものに対して逋税ということはあり得ないのである。本件たばこが右行政協定第十一条第二項所定の非課税物件に該当するものであることは叙上の通り争う余地のないところである。然るに原審が窃盗の罪の外に関税法違反の罪の成立を認め、九万八千円也の追徴を命じているのは、本来関税の課せられない本件たばこについて、関税逋脱の罪を認めたものであつて明らかに法令の適用を誤つた違法があり、且つその誤が判決に影響を取ぼすことも明らかであるから刑事訴訟法第三百八十一条及び同第三百九十七条によつて原判決を破棄せらるべきことを求める。

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